『信仰の創始者また完成者』ヘブル12章1〜6節より

信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。』(ヘブル12:2)

2017年1月22日・郡山キリスト共同教会、金井信生牧師による主日礼拝説教(今回は音声のみです)


2017/1/22 午前10時30分〜

(1月第4主日・年度第4主日・主日礼拝)

信仰の創始者また完成者

説 教 金井信生 牧師

聖 書 ヘブル12章1節〜6節より

讃 美 新聖歌7

    新聖歌221

    新聖歌354

交読文 新聖歌39(詩篇第122篇)


説教要旨


1〜3節には「囲まれながら」「かなぐり捨てながら」そして「仰ぎ見ながら」と、大切な三つの継続的な姿勢が教えられています。

 

1. 受け継ぐ信仰

 11章に「信仰によって…は…をした」と繰り返される、信仰者たちの足跡には、秘訣がありました。

それが「イエスを仰ぎ見つつ」という12章2節の言葉です。彼らは神様の約束を信じ、来るべき救い主を待ち望んでいました。

 

 私たちは救い主に結ばれる同じ信仰に立つだけでなく、十字架と復活による、罪の赦しと永遠の命を与える福音という、旧約の聖徒たちにまさる大きな恵みをいただいています。

 

 私たちはまことの神様を求めることさえ知らなかった者です。主はそんな私たちのうちに信仰を呼び起こし、試みや誘惑の中で小さな信仰の火が消えそうになっても、保ち燃え立たせてくださっています。また、主を仰ぐことを妨げる一切の罪を赦し、心の重荷を取り去って平安を与え、やがて天に帰る日まで信仰の生涯を守り、完成させてくださいます。

 

2. 信仰の完成者

 主イエスは、私たちに信仰を与えるだけでなく、天のゴールに至るまでいつも共にいて、支え励ましてくださいます。それは、この世において、人が主の前に正しく聖く生きることの困難の中を自ら歩んでくださり、知っておられるからです。

 

 私たちと同じ人となられたイエス様の地上の生涯は、試みや誘惑との戦いでした。荒野での悪魔の誘惑に始まり、故郷での非難、家族からの忠告、さらには弟子たち の裏切りと逃亡、最後にはゲッセマネの園での祈りがありました。 その戦いにイエス様は、父なる神様のみ心に従い、神の義を貫く信仰と、たとえどんなところを通らされても、天の父はかならず勝利を与え、報いを備えておられることを信じて神の愛に委ねきる信仰によって勝利されました。

 

 そして今、信仰の歩みを目指す私たちは、ぶつかる困難や労苦の中で、ここも主が通られた、ここにもキリストの足跡があったと、慰められ励まされつつ、イエス様の救いをほめたたえながら御手に支えられて進んでゆくのです。

 

3. イエスを仰ぎ見つつ

 私たち一人ひとりの生涯は神様からそれぞれに違って与えられています。しかし、同じ主を見つめながら、互いに祈り支えあってゆく人生でもあります。イエス様から目を離して自分を見、周囲を見れば、不平不満や失望落胆ばかりです。だからこそ、主イエス様にまず自分が赦され、生かされていることをおぼえ、この恵みに応えたいものです。

 

  個人の歩みと共に、信仰共同体である教会の交わりや働きも、共に主を仰ぎ見ながら進んでいくならば、どんな時にも一つひとつが主の手に導かれ、あるいは解決に、また感謝へと変えられてゆきます。