『隠れた宝』マタイ13章44〜50節より

2015年3月1日・郡山キリスト共同教会、金井信生牧師による主日礼拝説教


2015/3/1 午前10時30分〜

(3月第1主日・年度第9主日)

主日礼拝

隠れた宝

説 教 金井信生 牧師

聖 書 マタイ13章44〜50節より

讃 美 新聖歌9

    新聖歌317

    新聖歌219

交読文 新聖歌29(詩篇第95篇)


礼拝説教


 天国は宝であり、手に入れるためには決断と行動が必要です。


1.なくてならない宝


 農夫と商人は、どちらも見いだした宝を手に入れるために、他の持ち物すべてを処分しました。最も価値のあるものの前では、それまで大事だと思っていたものも輝きを失うからです。

 「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか」(16:26)と主イエスは言われます。キリストによって罪赦され、神と共に生きる永遠の命こそ、わたしたちが求めるべきものです。

 農夫は偶然に、商人は捜して宝に出会いましたが、価値を認め、決断し、行動したことは同じです。

 自分にとって一番必要なものは何であるのか、失ってはいけないものは何か、その答えを見出したら、ためらったり先に延ばしてはなりません。


2.宝の民


 「神の国」は、まず神様が働かれるところです(ヨハネ5:17)。

 私たちが宝に向かって決断し、行動できるのも、まず神様が私たちを宝と認めて決断し、行動してくださったからです。

 神様は私たちを「宝の民」(申命記7:6)と喜んでおられます。それは特別な才能や大きな成果を持つからではなく、ただ神様の愛のゆえです。

 天の父である神様は、罪に汚れ、自分の価値を失ってしまっている私たちを見つけ出し、取り戻すために、ひとり子イエス・キリストを世に遣わされました。主イエスは私たちを愛し、罪の赦しと永遠の命を与えるために自分の命を捨てて十字架に死に、よみがえられました。

 今、主イエスを信じる者は神の国に生きる宝の民として、喜びと祈りと感謝にあふれた歩みに進むことができるのです。


3.宝を探しに


 主イエスは、天国は必ず大きく成長すると約束されました。それは宝が新しく見いだされ、加えられていくからです。天国に収められるべき宝は、まだまだたくさんあるはずです。

 主は「すべての人が救われて真理を悟るに至ることを望んでおられ」(Ⅰテモテ2:4)、今も働いておられるお方です。

  主に宝とされていることを感謝し、喜ぶだけでなく、主と共に宝を探し求め、主のもとに取り戻して共に喜ぶ者とならせていただきましょう。


マタイ13章44〜50節より

 

13:44

天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。

13:45

また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。

13:46

高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである。

13:47

また天国は、海におろして、あらゆる種類の魚を囲みいれる網のようなものである。

13:48

それがいっぱいになると岸に引き上げ、そしてすわって、良いのを器に入れ、悪いのを外へ捨てるのである。

13:49

世の終りにも、そのとおりになるであろう。すなわち、御使たちがきて、義人のうちから悪人をえり分け、

13:50

そして炉の火に投げこむであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。