『聖きに歩め』イザヤ書6章・1〜13節より

2015年1月18日・金井信生牧師による主日礼拝(新年聖会Ⅱ)説教


2015/1/18 午前10時30分〜

(1月第3主日・年度第3主日)

主日礼拝

聖きに歩め

説 教 金井信生 牧師

聖 書 イザヤ6章1〜13節より

讃 美 新聖歌324

    新聖歌367

    新聖歌366

交読文 新聖歌11(詩篇第32篇)


説教要旨


 預言者イザヤは、神殿で主を礼拝したときに主の臨在の前に立つ経験をしました。


1.「聖さ」を見る

 イザヤが見たのは、聖なる主の御姿でした。名君ウジヤ王が死んで、これからのことを憂いているイザヤでしたが、いと高いお方である主は、無限、永遠、不変の栄光が満ちていました。

 聖書の信仰者たちは、主の栄光の前にひれ伏し、あるいは砕かれる経験を与えられています。「主が神であり、その統治は代々に変わらない」ことを土台とするときに、揺るがない信仰の生涯が開かれていくからです。


2.「聖さ」が与えられる

 神の聖さの前に、イザヤは自分の罪に汚れた姿をおぼえました。

 5章に、イザヤが「わざわいなるかな」と、民の罪を告発する言葉が6回繰り返されています。しかし最後は「わたしはわざわいだ」と告白します。

 自分の罪を認め、悔い改めるイザヤに、主は赦しを与えられました。主に近づくとき、主はイザヤが求める以上の大きな恵みをもって近づいてくださいました。

 神様は罪をさばかれるお方ですが、悔い改める者に豊かに赦しを与えられます。今は、イエス様の十字架が、すべての人のために罪が赦される救いの道として開かれています。だれでもイエス・キリストを救い主と信じ、その十字架の前に罪を悔い改めて神様の赦しをいただく人は、罪が赦された喜びと平安を得ることができます。


3.「聖さ」が養われる

 赦された幸いを知ったイザヤは、あらためて世に遣わされていきます。これまでのように主の御言葉を伝えると共に、「聖さ」が試され、練られていくためです。

 主は、これからイザヤが遣わされるのは、困難なところであると告げられます。主の栄光を見、罪赦された幸いを得ることは大きな幸いですが、主はその恵みに生かされる歩みに導かれます。

 これまでなら、罪を裁き、頑なな者は見捨てたかもしれません。しかし、罪深い自分を愛し、招き、赦し清めてくださった主の恵みをいただき、さらに主と心を一つにして生きる者とまでされました。

 日々の生活で起こることや、人との交わりこそが、私たちに救われている幸いをおぼえさせ、また聖く歩むために、ますます主のそば近くに引き寄せるものです。聖なる主が私を遣わし、伴ってくださっていることを信じましょう。


イザヤ書6章・1〜13節


6:1

ウジヤ王の死んだ年、わたしは主が高くあげられたみくらに座し、その衣のすそが神殿に満ちているのを見た。

6:2

その上にセラピムが立ち、おのおの六つの翼をもっていた。その二つをもって顔をおおい、二つをもって足をおおい、二つをもって飛びかけり、

6:3

互に呼びかわして言った。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主、その栄光は全地に満つ」。

6:4

その呼ばわっている者の声によって敷居の基が震い動き、神殿の中に煙が満ちた。

6:5

その時わたしは言った、「わざわいなるかな、わたしは滅びるばかりだ。わたしは汚れたくちびるの者で、汚れたくちびるの民の中に住む者であるのに、わたしの目が万軍の主なる王を見たのだから」。

6:6

この時セラピムのひとりが火ばしをもって、祭壇の上から取った燃えている炭を手に携え、わたしのところに飛んできて、

6:7

わたしの口に触れて言った、「見よ、これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの悪は除かれ、あなたの罪はゆるされた」。

6:8

わたしはまた主の言われる声を聞いた、「わたしはだれをつかわそうか。だれがわれわれのために行くだろうか」。その時わたしは言った、「ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください」。

6:9

主は言われた、「あなたは行って、この民にこう言いなさい、『あなたがたはくりかえし聞くがよい、しかし悟ってはならない。あなたがたはくりかえし見るがよい、しかしわかってはならない』と。

6:10

あなたはこの民の心を鈍くし、その耳を聞えにくくし、その目を閉ざしなさい。これは彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟り、悔い改めていやされることのないためである」。

6:11

そこで、わたしは言った、「主よ、いつまでですか」。主は言われた、「町々は荒れすたれて、住む者もなく、家には人かげもなく、国は全く荒れ地となり、

6:12

人々は主によって遠くへ移され、荒れはてた所が国の中に多くなる時まで、こうなっている。

6:13

その中に十分の一の残る者があっても、これもまた焼き滅ぼされる。テレビンの木またはかしの木が切り倒されるとき、その切り株が残るように」。聖なる種族はその切り株である。