『主の聖なる民』申命記7章1〜11節より

『あなたはあなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地のおもてのすべての民のうちからあなたを選んで、自分の宝の民とされた。』(申命記 第七章・6節)

2015/1/1 午前11時00分〜


元旦礼拝

主の聖なる民

説 教 金井信生 牧師

聖 書 申命記7章1〜11節より

讃 美 新聖歌137

    新聖歌299

    新聖歌275

交読文 新聖歌22(詩篇第65篇)


説教要旨


『主の聖なる民』(申命記7:1〜11)


 約束の地カナンに入ろうとするイスラエルの民に、主はその地に住む七つの民を滅ぼすように命じられました。人身御供を行うほどの偶像礼拝や、互いに争い合う罪がはなはだしかったからです。


1.聖なる民

 イスラエルは「聖なる民」と呼ばれています。これは罪がないということではありません。荒野の40年を振り返っても、不従順でかたくなな民でした。この「聖なる」とは「分けられた」という意味で、聖なる神のものとされた、神の選びをあらわしています。

 聖なる神のものとしてふさわしい歩みが望まれています。そのために、主は罪に満ちた民を滅ぼして、誘惑を遠ざけてくださいました。また、主の選びを自覚する神の民は、自ら罪と関わりを持たないように意識しなければならないのです。


2.宝の民

 神様はイスラエルを選ばれましたが、その選びはこの世の基準によるものではありません。人は価値あるものに心引かれますが、主は取るに足りないものを愛されました。恵みとしかいえない、ただ愛による選びでした。

 選びの理由の第二は「先祖に誓われた誓い」です。神様の愛は、価値のないものをも一方的に愛される愛ですが、その対象は、自由な意思を持つ私たち人間ですから、応答を求めておられます。

 アブラハム以来の父祖たちはそれぞれに弱さもありましたが、主のことばに信頼し、聞き従って決断し、行動してきました。個人的にも民族的にも苦難はありましたが、主はその誓いをおぼえて守り助けてくださいました。

 モーセは自分の歩みも覚えながら、愛による選びに感謝し、信仰の先達にならうように、「あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない」(6:4)と命じています。


3.証しの民

 主を愛し、その命令を守る者には祝福が与えられます。12節以下に産物の祝福や危険からの守りなどの具体例があげられています。

 ただ、これらの祝福は、他の国々から隠された与えられるものではありません。祝福されることでねたまれたり、襲われることもあるものです。

 真の祝福は、どんな苦難にあっても決して滅ぼされることがない、歴史を通しての証しです。関わりのある国々や、神の民の歩みを見ている周辺の民族が、神の民のいだいている平安を求め、共に生けるまことの神を礼拝する者となることが主の選ばれた目的であり、神の民の使命です。

 そうして主がアブラハムに約束された「あなたは祝福の基となる」(創世記12:2)が実現するのです。

 イスラエルの子孫から全世界の救い主としてイエス・キリストが生まれることも祝福です。この一年も、無きに等しい者を主は愛し、豊かに生かし、そして主の恵みを世に証しする者として祝福のうちに導いてくださることを覚えましょう。