申命記 23章5節「呪いを祝福に変えられる神」

あなたの神、主はあなたのために、そののろいを変えて、祝福とされた。あなたの神、主があなたを愛されたからである。(5

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 主は私たちの生涯を祝福してくださっています。1節からイスラエルの集会に加われない人たちのリストが紹介されています。この中で、アンモンびととモアブびとのことが記されています。アンモンびともモアブびともロトの子孫ですが、大きな罪によって産まれました(創世記一九・3038)。イスラエルが出エジプトをした後、モアブの王バラクがイスラエルを恐れて、バラムを招いてイスラエルを呪わせようとしましした(民数二二・2二四・25)。この時、主はバラムに厳重な注意を与えて、イスラエルの祝福を言わせました。これが「のろいを変えて、祝福とされた」ということです。

 

 もともと、イスラエルは神から呪われて滅ぼされて当然の民でした。けれども、主は彼らを祝福されました。イスラエルだけではありません。人はみな罪人で(ローマ三・10)、神の呪いを受けなければいけない者でした。ところが、イエス様が私たちの罪を身代わりに負ってくださり、あの十字架で神の呪いを受けてくださいました。そして、イエス様を自分の救い主と信じた人の罪が赦され、神の子にされるという考えられない祝福の道が開かれました。そして、地上でも神の国でも、礼拝をささげる恵みに与りました。

 

 9節から、イスラエルの陣営をきよく保つことが命じられています。生理現象まで汚れだといれれる時、自分がどれほど汚れた存在であるかがわかります。そのような私たちを、主は礼拝の民に加えてくださいました。だから、聖日礼拝を守り、心からの礼拝を主に献げましょう。毎週聖日礼拝で、きよい主の前に出ることが許されていることは、主が呪いを祝福に変えてくださった大きな証しです。また、多くの人の人生が呪いから祝福に変えられるように、伝道しましょう。

 

【祈り】主よ、私の人生を呪いから祝福に変えてくださり感謝します。明日の礼拝で、主と深く交わることができますように。アーメン

 

 

♪新聖歌218

 

ベラカ2013年1月号より転載 

執筆者:北大阪教会・山本敬夫氏