申命記 22章4節「見捨てられない神」

あなたの兄弟のろばまたは牛が道に倒れているのを見て、見捨てておいてはならない。必ずそれを助け起さなければならない。(4)

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 信仰生活といいますが、信仰生活とは信仰によって生きること、また信仰が表される生活です。私たちが何をどのように信じているかが表されています。あるいは、信じていないかが表されています。もう一度、自分の信仰生活を点検しましょう。

 

 1節から4節に、他の人の所有物について、責任ある取り扱いをすることが教えられています。家畜はもちろんのこと、着物も安全に速やかに返却することが命じられています(3)。着物は大切な財産でしたから、落とした人はどれほど心配したことでしょう。相手を心配から早く解放することも、愛の配慮でしょう。

 

 けれども、これはただの善行のすすめではありません。これは、荒野でイスラエルの民を四十年間見捨てず導かれた神の恵みを表しています。彼らは荒野の不自由な生活の中で、神に不平不満を言い、いつも神に逆らっていました。けれども、神は彼らを忍耐され、決して見捨てずに導かれました(出エジプト三三・14)。イスラエルは神が自分たちを見捨てられなかった恵みを、兄弟たちが困っている時に手を差し伸べることに活かすことが求められました。

 

 私も同じように主の恵みをいただいています。「わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない」(ヨハネ一四・18)と約束された主は真実な神です。いつも私と一緒にいてくださり、忍耐と愛をも持って御自分のもとに導いてくださいました。その時、私は罪を悔い改めて、主の十字架の赦しをいただいて立ち上がることができました。同じように、主は多くの兄弟姉妹たちを赦され、忍耐されてきたことでしょう。

 

 私たちが他の兄弟姉妹のために祈る時、主は相手の必要を教えられると同時に、愛の配慮をもって手を差し伸べることができる力も与えられます。

 

【祈り】主よ、今日まで私を見捨てず、持ち運んでくださり感謝します。兄弟姉妹たちの必要に手を差し伸べるものにしてください。アーメン

 

 

♪新聖歌205

 

ベラカ2013年1月号より転載 

執筆者:北大阪教会・山本敬夫氏