申命記 19章10節「逃れの町」

これはあなたの神、主が与えて嗣業とされる地のうちで、罪のない者の血が流されないようにするためである。そうしなければ、その血を流したとがは、あなたに帰するであろう。(10)

申命記19章へのリンク

 

 聖書は罪について教えていますが、それと同時に罪の解決の道も教えています。今日の聖書の箇所には、逃れの町を設けること、地境に関する注意事項、裁判についての注意事項について教えています。今日は、逃れの町の設置に表された神の恵みを味わいましょう。

 

 同じ殺人でも、加害者に殺意がなく、たまたま死亡事故になった場合は、逃れの町に逃れて復讐者から守られることが教えられています(4)。しかし、加害者が故意に殺人を犯した場合は、逃れの町に逃げても復讐者の手に引き渡されることが決められています(12)。このことから、神は動機を問題にされていることがわかります。イエス様も弟子たちに「人から出て来るもの、それが人をけがすのである」(マルコ七・20)と教えられました。礼拝を献げる心、奉仕をする動機はどうであろうかと、問われています。

 

 さらに、逃れの町の設置によって、復讐の連鎖が切られます。人は、自分が受けた損害や苦しみや悲しみの何倍も報復しなければ気が済みません。時に憎しみは判断力を奪います。逃れの町の教えから、ゆるすことの大切さを学びたいものです。ゆるすことは大変に難しいことだと思います。だから主は「目には目を…償わせなければならない」(21)と教えられました。加害者に過分な償いを求めるなら、神は求めたその人を新たに加害者として扱われます。復讐心はコントロールされなければいけません。

 

 逃れの町の約束は、やがてイエス様の十字架によって完成しました。私たちが、イエス様の十字架に表された神の愛と赦しを感謝し、人をゆるす道を歩むなら、共におられる主が、私たちを慰め、励まし、支えておられることを知ることができます。

 

【祈り】主の十字架の赦しと愛を感謝します。私の心の内をきよくしてください。人を赦す道を歩みます。主よ助けてください。アーメン

 

 

♪ 新聖歌302

 

ベラカ2013年1月号より転載 

執筆者:北大阪教会・山本敬夫氏