『あなたはわたしの神』詩篇22篇1〜22節

 この詩篇22篇は主の十字架の死が、23篇は復活の主の恵みが、24篇は昇天された主の栄光が預言されているところです。

 この朝は、10節のみことばから「あなたはわたしの神」と題して語ってまいります。

 

 第一 神への信頼

 

 私の母は明治44年の生まれで今生きていたら101歳になります。その母は物事を肯定的に考える人で、私が小学生の頃、国語の教科書を読みますと本当はどうだったか分かりませんが「上手だよ」と言ってよくほめてくれました。私がある会社の入社試験を受ける時、試験番号が78番でした。

 

 すると母が「八は末広がりで、きっと合格する」と入社試験の日に励ましてくれたりしました。私は、学校の成績などでは親の心配をかけたことはありませんでしたし、いじめに遭ったというようなこともなく友だちにも恵まれていました。スポーツは大好きで、バレーボールの社会人チームでプレーをしていたことがあります。

 

 しかし、心の中は、いつも何とも言えない「恐れ」にとらわれていました。それは死への恐れでもありましたが、何かを失うことへの恐れでもあり、見捨てられることへの恐れであったかも知れません。今は、「見捨てられ不安」と呼ばれ、多くの日本人が抱える根本的な病理であるとも言われています。

 

 ところで、イエスさまがお生まれになるとき、主の使いが「その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」、すなわち「『神われらと共にいます』という意味である」と告げたのです。そのイエスが十字架上でなんと「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27:46)と叫ばれたのです。「神は共におられる」という名のお方が、「神は共におられない」と叫ばれたことになります。何という矛盾でしょうか。

 

 イエスさまは全世界の罪を負い、誰よりも醜い罪人となって、父なる神から見捨てられることを味わってくださったのです。イエスさまは6節にあるように、人間の尊厳を奪われ「虫けら」のように扱われました。そして、神を呼び求める姿が物笑いの種とされるのです。それが8節です。「彼は主に身をゆだねた、主に彼を助けさせよ。主はかれを喜ばれるゆえ、主に彼を救わせよ」と、とあざけられます。「神に助けてもらえ、救ってもらえ」ととんでもない皮肉と罵声を浴びせられるのです。

 

 私たちは、何よりも、人の誤解や中傷に傷つきますが、その苦しみをイエスさまは誰よりも深く味わってくださいました。しかし、イエスさまにとって何よりも辛かったのは十字架の釘の痛みや人々の皮肉や罵声ではなく、最愛の父なる神に見捨てられるという経験でした。しかし、イエスさまは、「どうして私を見捨てたのですか!」と恨みがましく叫ばれたわけではありません。この中心的な意味は、神から見捨てられたと感じざるを得ない状況の中で、「私の神、私の神」(新改訳)と私の神を信仰告白しておられることです。そして、4,5節に「信頼」ということばが3度繰り返されています。

 

 それゆえに、「なにゆえわたしを捨てられるのですか」と言われたあとで、「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」(ルカ23:46)と言い切っておられます。そのイエスさまは確かに十字架上で死なれましたが、復活されたのです。イエスさまが神に捨てられてくださったので捨てられて当然の私たちが捨てられなくてすむ救いの道を開いてくださったのです。

 

 私たちもどこまでも神さまに寄り頼んでいこうとするとき、かえって多くの困難に出会うことがあります。この地に住む限り、孤独と暗闇のときを通るときがあります。「こんなはずではなかった!」と思うときが必ずあるものです。それでも、手術台の患者が手術を執刀する医師に全てをゆだねるようにゆだねるように、神に全く信頼しきっていくことです。神への信頼は究極的には必ず報われるのです。

 

 第二 あなたは私の神

 

 私の誕生日は7月18日です。これは戸籍の上の誕生日で私の記憶に間違いがなければ実際は6月7日です。私が生まれた頃、父は銀行マンで母が一級料理店をしていました。戦争が激しくなり一級料理店であった店は陸軍の高級将校の宿泊所になり、敗戦とともに店を閉じることになりました。ですから、私が生まれた頃は商売が非常に忙しく市役所に届けるのが遅れたそうです。それで、市役所の担当の人に接待をしておとがめなく40日遅れで出生届を出して受理してもらったそうです。

 

 私はそれを小学生の上級の頃、母親から聞かされました。それを聞いてから、「僕は法律違反の子なのだろうか」とか。また、6月7日が来ると、「僕は今日が誕生日なのに、皆が『おめでとう』と言ってくれるのは7月18日なんだ」とそのギャップに不思議な気分になったことを覚えています。

 

 しかし、10節に「わたしは生まれた時から、あなたにゆだねられました。母の胎を出てからこのかた、あなたはわたしの神でいらせられました」とあります。終戦間もない昭和21年にミッションの幼稚園が開園し、幼稚園に行くようになり、目に見えない神がおられることを知るようになります。やがて、そのお方が創造主の神さまであることを信じて、イエス・キリストにあって救われます。

 

 そして、「母」以前に「私の神」が、あのどんちゃん騒ぎしているような料理屋での私の誕生を、計画され、喜んでおられると感じたとき、世界が変わりました。

 

 私たちはいのちの誕生の神秘をあまりにも軽く見過ぎていないでしょうか。どうして精子と卵子の結びつきからこのように驚くほど精密で複雑な生命体ができるのでしょうか。学校では進化論が科学であるかのように教えられていますが、どの科学者が、アメーバ—から人間に至る遺伝子の進化のプロセスを解明できたというのでしょうか。

 

 詩篇139篇13節~14節に「あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内で」わたしを組み立てられました。わたしはあなたをほめたたえます。あなたは恐るべく、くすしき方だからです。あなたのみわざはくすしく、あなたは最もよくわたしを知っておられます」。あなたのいのちは最高傑作です。あなたの創造主は、父でも母でもなく、神ご自身なのです。ただ、神はそのために父と母を用いられたのです。

 

 今年の磐梯須賀川聖会の最初の夜の聖会で奥中山聖泉キリスト教会の牧師である菊池剛聡先生がお証をしてくださいました。先生は車いす生活をしておられます。幼い時、はしかに罹り、高熱のため腰から下が不随になり歩行が困難になられました。小さい時からずっといじめられ続けてこられたのです。そのために人に対して非常な憎しみと反感、敵対心をもっておられたのです。やがて、大学に行かれ、その後、叔父さんの奨めでアメリカに留学されました。住んだところがシアトルで、ホームステイしておられました。ところがケンタッキーフライドチキン以外は口に合わず困っていたとき、友だちから教会へ行こうと誘われました。抵抗があったのですが、日本食を食べさせてくれるというので行かれたのです。

 

 その教会は日本人教会で牧師はゴズデン先生でした。十字架のことはよく分かり、イエスさまが私の罪のために身代わりとなって死んでくださったことも信じることはできました。障害者であるため人を憎み、心には感謝がなく不平不満で一杯で、親を恨んでいたからです。

 

 しかし、どうして愛の神さまがこんな自分にされたか分からなかったのです。ある時、菊地兄弟はゴズデン先生に質問されたのです。「神さまはどうして僕を障害者にされたのですか」。

 するとゴズデン先生は「私にもわかりません。けれども菊池兄弟に対して神さまはご計画をもっておられるのです」と言って、エレミヤ書29章11節を開いて下さったのです。「わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災いを与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望をあたえようとするものである」。

 

 その時、目からうろこが落ちるようにして、人生に解決が与えられたのです。

ですから、信仰とは、目に見える現実を超えた神の救いのみわざ、また神の私に対する計画と期待を知ることです。私たちの誕生は決して、偶然でも、間違いでもありません。苦しみも神のご計画の一部なのです。そのようなお方が「私の神」なのです。

 

 第三 答えてくださる神

 

 私は年とともにようやく、イエス・キリストの十字架上の痛みの本当の意味(本質)が分かるようになってきました。牧師としての働きは、複雑な魂を相手にしていますから、努力と結果は、なかなか結びつきません。もちろん神学校以来、自我に死に、自分を喜ばせるためでなく、神の御名のために生かされていることは自覚してやって来ました。神学生の時、与えられた「あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけでなく、彼のために苦しみことをも賜っている」(ピリピ1:29)とのみことばが、いつも私を支えてくれたみことばの一つです。しかし、時に牧会の中で自分自身が被害者意識や自己憐憫に陥りそうになります。

 

 しかし、イエスさまでさえ、一番弟子のペテロから3度、「知らない」と言われ、会計係を任せた弟子に裏切られなさたのです。それを思う時、私の心の目は、自分自身からイエスさまに向けられます。イエスさまこそ、誰よりも深く孤独の痛みを経験されたお方だからです。そのことが11節から18節に書かれています。特に、18節です。「彼らは互いにわたしに衣服を分け、わたしの着物をくじ引きにする」。そのことがイエス・キリストに起こったことがマタイによる福音書27章に記されています。

 

 兵士たちは、目の前で苦しんでおられるイエスよりも、彼の着ていた衣のほうに心が動いたのです。あなたの人生が最も絶望的なときに、そこに当人がいないかのような会話が交わされ、その存在を無視されたらどれほど辛いことでしょう。

 

 そして、19節から21節では、神に向かって必死に「遠く離れないでください」と、立て続けに4回も訴えています。ところが、21節の終わりに、突然、「あなたは私に答えてくださいます」(新改訳)、「あなたは答えてくださいました」という確信が宣言されています。実は、神のみわざは、しばしば「もうだめだ!」と思った時、瞬間、圧倒的に迫って来るものです。信仰は理屈を超えています。1節、11節、19節で3回も繰り返された、神が「遠く離れておられる」と感じる現実は、「主が苦しむ者の苦しみをかろんじ、いとわれず、またこれにみ顔を隠すことなく、その叫ぶときに聞かれたのである」という真理を、腹の底から確信するために不可欠なことだったのです。

 

 新改訳では「まことに、主は悩む者の悩みをさげすむことなく、いとうことなく、御顔を隠されもしなかった。むしろ、彼が助けを叫び求めたとき、聞いてくださった」と訳されています。

 

 私は、イエス・キリストの十字架の痛みの意味がようやく分かるようになり、あのような逆境の中にあって、輝いているクリスチャンたちを周りで見て、なぜ、そうなのか、その理由が分かるようになりました。それはその人たちが「答えてくださる神」を知っているからです。その神と親しい間柄にあるからです。

 

 22節に「わたしはあなたのみ名を兄弟たちに告げ、会衆の中であなたをほめたたえるでしょう」。と告白されています。このみことばは、復活のイエスが弟子たちをご自分の弟、妹として集めて教会を作り、その礼拝を導いてくださることを預言したものと言えるでしょう。

 

 それで私たちも、日曜日ごとにイエスに導かれて、イエスの父なる神に感謝の祈りをささげます。イエスさまは、今、いつくしみ深い主として、私たちと共にいてくださり、さきがけとなりしんがりとなってくださり、どのような暗黒の中にも希望を与えてくださいます。ですから私たちは、どんなときも、イエスさまに倣って、「あなたは答えてくださいます」と告白することができます。私たちが「もうだめだ!」とピンチに陥ることは、神の圧倒的なみわざを体験するチャンスなのです。

 

 どうか、一人ひとりがいかなる時でも見捨てられることのない神に信頼し、神との交わりを通して、私の神との関係が深められ、応えてくださる生ける神にあって、輝いたクリスチャン生活を目指して歩みましょう。