『恵みへの感謝』ルカ第17章11〜19節

 私は牧師、伝道者として召され、ほぼ毎週、このように講壇に立たせていただいて、みことばのご用をさせていただいています。しかし、週末、多くは土曜日に日曜日のメッセージの準備をする時に、人に語ろうとして準備をしているのですが、自分がまず問われることが多々あります。何かを語ろうとする時、結局自分が悔い改めなければ先に進めないという経験を毎週のようにさせられます。

 

 この朝の聖書の箇所の主題が「感謝」であることは、誰の目にも明らかです。準備のために聖書を読んでいた時、ふっと在学当時の神学校の校長や教授のことが思い出されました。

 校長は5人の子どものうち3人を先に天に送られ、60代からは大きな手術を何度もされました。その校長が、病気がいやされた時、いやしてくださったいやし主に感謝するよりいやされたことを感謝することが多いのではないか。与えられた物や人には感謝するが、与えてくださった主に感謝することが少ないのではないか。そして「いやし」より「いやし主」、「賜物」よりは「与え主」に感謝するようにと教えてくださいました。

 

 また、尊敬していた教授は60代の後半だったと思いますが失明されました。その後、40年近く地上の生活をされましたが、一度も愚痴を言われたことがなく、神さまが最善をなしてくださったといつも感謝しておられました。

 

 私は、この箇所を準備しながら、どれほど先生方が教えてくださった聖書的な感謝の生活を送って来ただろうかと深く心探られ、悔い改めの時を持ち、改めて主に、なしてくださったことを感謝しました。

 

 そこで、この朝「恵みへの感謝」と題してメッセージさせていただきます。より正確には「恵みの主への感謝」ということです。

 

 第一 主にいやしを求めた

 

 この10人の重い皮膚病の人たちは病気と共に偏見と差別に苦しんでいました。今から10年ほど前に韓国人の牧師が教会のクリスマスコンサートに来てくださったことがありました。その時、民族的な差別の悩みをお話しくださいました。先生自身は日本で生まれ日本で育てなさったのですが、ご両親が韓国人のためずいぶんいじめられたそうです。お嬢さんは優秀な方でこの世的には有名大学を卒業されたのですが、正規で採用してくれる仕事がないということでした。一般に在日韓国人は就職が非常に難しく、そのためにスポーツ選手とか歌手になる人が多いとおっしゃっていました。

 

 この当時、重い皮膚病であるということはひどい偏見のため差別され一緒に住むことはできませんでした。「彼らは遠くの方で立ちどまり」(12)とありますが、一般の人々に近づいてはならず、一定の距離を保たなければなりませんでした。具体的には人の風上に立つ時は50メートル以上離れなければなりませんでした。これは非常に屈辱的なことであり、じつに悲惨なことでした。

 

 先日、佐藤彰先生の講演を聞きましたが、原発事故のためある県に一緒に避難された姉妹がおられました。寒い季節のことでもあり、体調を崩されて立っていることさえ苦しいような状況である病院に行かれたそうです。

 

 ところが、福島の原発事故の近くから避難して来たということで、放射能の汚染検査をしないと診察でききないということで病院の外に出されたということです。長男が切れて、怒って母親を病院の中に連れて入ったということです。ある兄弟は政府の指示で関東方面に避難しました。そして市役所でその旨を告げて支援を求めたところ通達が来ていないので応じることが出来ないと断られたのです。その兄弟姉妹たちは、そのように扱われて、イエスさまの辱めが少し分かったと証しされたそうです。

 

 この10人の中に一人サマリヤ人がいました。イスラエル人とサマリヤ人は歴史的な経緯があって犬猿の仲でしたからイスラエル人が健康であったなら、このサマリヤ人と一緒にいなかったでしょう。しかし、このような悲惨な病気にかかって、社会から隔離されて孤独であった彼らは、はじめて人種差別は無くなり、互いに慰め合う身となったのです。これまで憎しみ合っていた彼らは、病気の苦しみから同病相憐れむようになったのです。

 

 その彼らがイエスさまにお出会いすると「声を張り上げて、『イエスさま、わたしたちをあわれんでください』と言った」のです。彼らは多分これまでイエスさまが病人をいやされたことや、いろいろな奇蹟のことを聞いていたのでしょう。そのためこのお方なら何とかしてくださるに違いないと信じたのです。そこで「わたしたちをあわれんでください」と哀願したのです。

 

 私たちが信じている父なる神さまは、イエス・キリストの十字架を通して現してくださった無限の愛で愛してくださっています。この無限の愛ゆえに、試練や困難、誘惑がどれほど大きく、無数にあっても、涙の谷を過ぎるときでさえも助けようと待っていてくださるのです。

 

 イザヤ書30章18節に「それゆえ、主は待っていて、あなたがたに恵みを施される。それゆえ、主は立ち上がって、あなたがたをあわれまれる。主は公平の神でいらせられる。すべて主を待ち望む者はさいわいである。」とあります。また、「神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい」「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」(新改訳Ⅰペテロ5:7)、また「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」(へブル13:5)と言われています。

 

 先日、韓国人で日本に来て協力宣教師として働いておられる先生が私たちの教会で礼拝のご用をしてくださいました。先生の奥様は30代の後半だと思いますが、最近ガンであることが分りました。先生は説教の中で、癌であることが分ったけれども、喜びを奪われないで、感謝していると語られました(Ⅰテサロニケ5:16〜18)。いかなる時でも頼ることのできるお方は生きておられる神さまです。

 

 第二 見ないで信じる信仰

 

 ところがイエスさまは不思議なことをおっしゃったのです。「祭司たちのところに行って、からだを見せなさい」(14)と。普通なら、まず、重い皮膚病がいやされるのを見て、祭司がきよめの儀式をします。それがすむと、はじめて彼らは一般の人との共同生活、すなわち社会生活が許されるのです。ところがこの時には重い皮膚病がいやされていませんでした。それなのにイエスさまは「祭司たちのところに行って、からだを見せなさい」と言われたのですから、何とも不可解な命令でした。

 

 この重い皮膚病の10人はイエスさまが「祭司たちのところに行きなさい」と言ってくださったのですから、道の途中で治ると確信することができたのです。

 

 これはすごいことだと思います。道の途中でいやされると、見えるところによらないで主のことばを信じたのです。彼らはイエスさまのことを前から聞いていたのです。もし、健康なら、イエスさまのことを聞いても他人事のように聞いて、自分たちと何の関係もないと思っていたかもしれません。しかし、悲惨な生活をして悩み苦しんでいましたから、最初は半信半疑だったかもしれません。しかし、イエスさまのなされた数々の奇蹟、そのお話を伝え聞きするうちに、このお方こそキリストであると信じるようになったのでしょう。

 

 信州のある教会の兄弟のことです。以前、別の町で精密機械の下請け、自営業をしておられました。ところが事業に失敗して、夜逃げするようにしてご夫婦が現在の町に引っ越しして来られたのです。そのアパートの真向かいに教会があったのです。

 

 ある日、その教会の牧師をボリビアから帰国した宣教師が訪ねて来ました。ところが牧師は留守で、生憎の雨でした。そこで雨宿りをして待つことにしたのがその倒産したご夫婦の軒下でした。そんなわけでその家に入れていただくことになりました。そこで生まれて初めてイエス・キリストのことを聞かれたのです。そこから教会の集会に出席されるようになりました。ご夫婦は熱心に聖書を読まれるようになり、全巻を読み終わる頃にはイエス・キリストを信じ、救われたのです。

 

 聖書に「したがって、信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである」。(ローマ10:17)とあります。私たちがキリストとその力を知ることは大切です。人を知るためには、その人と長時間過、共に過ごさなければなりません。

 

 ですから、主を知るために主との交わりの時を持たなければなりません。私たちはそのみことばを通して主を知るのです。私たちは書かれた聖書を通して、生ける神のことばであるイエスさまを知るのです。ですから、クリスチャン生活では神との交わりとみことばに聞く生活は非常に大切です。

 

 10人の重い皮膚病の人たちはイエスさまのことを知っていました。イエスさまならなんとかしてくださると信じていたのです。それで、命じられるままに信じて、従ったのです。つまり信仰とは従うことであると教えられるのです。

 

 第三 恵みの主への感謝

 

 そこで、10人は話しながら祭司の所に向かったのです。ところが、「行く途中で彼らはきよめられた」(14)のです。彼らの喜びはいかばかりであったでしょうか。天にも昇る気持ちであったと思います。ところが、これらの10人のうち、イエスさまに感謝するために帰って来たのは一人だけでした。しかも、サマリヤ人です。

 

 他の人は何をしていたのでしょうか。彼らもサマリヤ人と同様にいやされたのです。ところが彼らは今まで重い皮膚病のため社会から隔離されて生きざるを得ませんでした。それだけに、家族や親戚や友人に会い、共に生きることほど夢のような幸福はなかったでしょう。そのため、彼らは、家族、親戚、友人との夢にまで見た喜びの時を持つことに夢中になり、手続きを急ぎ、また、家路を急ぎました。

 

 いやし主であるイエス様に感謝することをすっかりわすれてしまったのです。9人のイスラエル人は、重い皮膚病がいやされるという瞬間的な恵み、一回限りの奇蹟的な恵みに心を奪われてしまい、いやし主である恵みの主への感謝を忘れて何の関係もなくなってしまったのです。

 

 ところが、サマリヤ人は家族や親戚や友人に会うことに先んじて、それを後回しにして、「いやし」より「いやし主」、「賜物」より「与え主」を慕ってイエスさまの所に帰って来たのです。いやしという一つの恵みだけでなく、イエスさまに結びつくことを求めたのです。そして、サマリヤ人は「イエスさまの足もとにひれ伏して感謝した」のです。

 

 「ひれ伏した」とありますが、「自分の一生を神にささげる」という決意表明です。するとイエスさまは「立って行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです」言われました。その時、彼は罪の赦しを経験し、心に平安、永遠のいのちと真の望を得たのです。

 

 私たちは、問題解決のためお祈りしますが、その問題が解決したら終わりという程度の救いに与ったのではありません。イエスさまの十字架によって、救われたということは、病気がいやされることや、問題が解決されること以上に、もっともっと大きいことです。生き方がひっくり返るようなことです。人生が180度転換することです。ここに私たちの感謝の主な理由があるのです。私たちは、罪がゆるされ、心がきよめられ永遠的な究極的なものをつかんでいるから、これが純粋な感謝の揺るぎない根拠となるのです。

 

 最初のお話しした神学校の校長は戦時中、静岡県のある町で牧師をしておられました。ところが爆撃で教会堂が焼かれ、信徒は離散し、やむを得ず奥様と子どもさんたちの疎開先に行き、再起を待ちながら訪問伝道を続けておられました。定まった住居もなく、蓄えらしいものもなく、まるでないないづくしのような生活であり、明ければ正月だというのに、新年を祝う餅一切れもない。いささか暗い思いがする中で、奥様がまず祈られたのです。

 

 「天のお父様、感謝いたします。何はともあれ、親子5人が一人も欠けることなく、今日まで守られたことを感謝いたします。今は会堂もなく、定まった住居もなく、家財道具もなく、お金もありません。」そこまで祈られる奥様のお祈りに、先生は夫として、また父としての責任の無力さを覚え、いたたまれない思いがして、アーメンと和することができなかったそうです。

 

 ところが、続いて奥様は祈られたのです。「何もありませんが、天のお父様、あなたがいらっしゃいますから感謝です」と、一段と力をこめて祈られたのです。その時、先生の心に、ローマ人への手紙5章11節(文語訳)「我らの主イエス・キリストに頼りて神を喜ぶなり」というみことばが与えられたのです。

 

 思わず「アーメン、アーメン」と叫んで共に感謝をもって祈り、心は新しい希望にあふれたのです。ウェストミンスター小教理問答の第一問に「人の主な目的は、神の栄光をあらわし、永遠の神を喜ぶことである」とありますが、まことの至言です。

 

 感謝する人にはさらに恵みが加えられます。神の恵みによって生かされている人は謙遜で高ぶらないのです。何が最も重要であるか、何を優先させるべきかを判別することができるのです。その人は「見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に続くのである」(Ⅱコリント4:18)ことを知っているのです。

 

 「恩を忘れ」「感謝しない」ことが普通になっているこの時代に救われたことを土台にして、聖霊に満たされて、感謝がたえることのない心と生活を送り、神の栄光を現す者とさせていただきましょう。