『逆境の中の恵み』使徒行伝・第4章23〜35節

 主のためにとても良いお働きをされ引退された牧師がおいでになります。その先生が学生の頃、救いを求めて最初に行かれた教会は普通の民家で畳の部屋で礼拝がささげられていました。自分がイメージしていた西洋にあるような建物の教会とは違っていたために別の教会に行かれるようになりました。

 そこで救われ、やがて献身して神学校を卒業し、最初に遣わされた教会が普通の民家で、畳の部屋で礼拝をささげるようになりました。その時、最初に教会に行った若い頃のことを思い出して、恥ずかしい思いがしたそうです。それは、教会がどのような存在であるかを知らなかったからです。

 教会はこの世で最もすばらしい存在です。主イエス・キリストがかしらであられ、神の恵みによって救われた人たちが集まっているそのからだだからです。赤ちゃんから、ご高齢の方々まで、あらゆる人たちが一つにされている、その幸いは何にもたとえようがありません。

 

 しかし、この教会のすばらしさを、私たちはどれほど理解しているでしょうか。教会のすばらしさは、海の深みのようなもので、なかなか理解されないのです。目立つのは表面の波であり、それをもって教会を判断する人もいるのです。長い間、主に仕え、教会に仕えて来た牧師である私ですが、そのすばらしさを今なお教えられつつ、自分の教会に仕える姿勢を悔い改め、修正しながら奉仕させていただいています。

 

 さて、33節に初代エルサレム教会に、「大きな恵みが、彼ら一同に注がれた」(33)とありますが、今日の箇所で述べられていることは、その恵みがエルサレム教会にどのような結果をもたらしたか、その結果が記されています。

 

 第一 暗黒の中で神を認めること

 

 このようにされることは恵みです。この時、ペンテコステの日に誕生したエルサレム教会はどのような事情に置かれていたかということです。そのことが、3章、4章に記されています。エルサレムの神殿の「美しの門」のところに、生まれながら足のきかない男が毎日運ばれて来て乞食をしていました。

 

 ある日、彼の側を通りかかったペテロとヨハネを見て、何か貰おうと期待して、施しを乞いました。二人は彼の前に立ち止まり、ペテロが言いました。「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。(使徒3:6)と。それからペテロが乞食の右の手を取って起こしてやると、足と、くるぶしとが、たちまち強くなって,踊りあがって立ち、歩き出したのです。群衆はこの不思議な出来事に興奮しました。

 

 その最中に神殿の責任者たちがやってきて二人を捕え、裁判所に連行し、群衆が騒動を起こした原因は「イエス・キリストの名」であると言って、「今後この名によって、いっさい語ってはいけない」と言い渡したのです。もしこの申し渡しにそむくようであれば、どんな恐ろしい結果になるかわからないとさんざん脅しました。これがきっかけで教会に対する迫害が始まったのです。

 

 釈放されたペテロとヨハネは教会に帰って来て、一部始終を他の弟子たちと仲間たちに報告したのです。その時、彼らは「大変だったでしょう」とか「これからどう対処しようか」などっと言って協議したのではありません。「一同はこれを聞くと、口をそろえて、神にむかい声をあげて言った」(24)とありますように賛美して祈り始めたのです。教会としていかに祈りが身についていたかが分かる印象的な光景です。

 

 そして、詩篇2篇1〜2節を引用して申しました。「なぜ、異邦人らは、騒ぎ立ち、もろもろの民は、むなしいことを図り、地上の王たちは、立ちかまえ、支配者たちは、党を組んで、主とそのキリストとに逆らったのか」(25〜26)。彼らは詩篇このことばが、イエス・キリストのご受難の際に実現したと聖霊によって洞察したのです。

 

 さらに、「まことに、ヘロデとポンテオ・ピラトとは、異邦人らやイスラエルの民と一緒になって、この都に集まり、あなたから油を注がれた聖なる僕イエスに逆らい、み手とみ旨とによって、あらかじめ定められていたことを、なし遂げたのです」(27〜28)と。

 

 彼らは、すでにイエス・キリストの十字架の死が敗北ではなく、神のご計画の成就であることを知っていたのです。神は反逆者の手を用いて、ご自分のご計画を成就されたとするならば、エルサレムの信者たち、弟子たちにも、同じことをなさらないでしょうか。彼らは迫害が勝利の機会であると信じました。

 

 私の母教会の近くに府立盲学校がありまして、何人もの盲人のクリスチャンたちがいました。その一人の姉妹は、最初は少し見えたのですが、ある時、恐れていたことが起こりました。全然見えない全盲になられたのです。その時、非常に大きなショック受けました。

 

 しかし、ある時、説教でヨハネ9章3節でイエスさまが「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである」を聞いて、これは神さまのご計画の中にあることであり、神の栄光のために生かされているという人生の目標がはっきりして、解決があたえられたのです。他の教会の盲人の方と結婚されたのですが、この姉妹は教会の生け花のご奉仕をされています。

 

 全てのものの造り主であり、主権者であるお方に、絶対の信頼と信仰を持ち続ける者に、神さまは恵みを注がれます。自分の良心が、頭がそれに抵抗してもなお信頼して、従うべきお方が神さまです。その時、神さまは自分の直接の期待に反するようでも素晴らしい計画を成就してくださるのです。いかなる事情境遇の中(暗黒の中)にあっても神を認め、信じ従うなら平安と勝利を得ることができるのです。

 

 第二 復活のイエスの証人となる恵み

 

 ペテロとヨハネを捕えて尋問した最高議会は最後に彼らに対して「そこで、ふたりを呼び入れて、イエスの名によって語ることも説くことも、いっさい相成らぬと言いわたしたのです」(18)。さらに脅して釈放したのです。ところが、使徒たちはこう祈りました。「主よ、今、彼らの脅迫に目をとめ、僕たちに、思い切って大胆に御言葉を語らせて下さい」(29)。この祈りは聞かれました。

 

 それが31節です。「彼らが祈り終えると、その集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされて、大胆に神の言を語り出した」。大胆な者になるということは、恐れがなくなってしまうことではありません。恐れに勝つことです。弟子たちはこうも祈ることができたと思います。「主よ、いま、彼らの脅迫に目をとめ、私たちを、この苦しみから逃れさせてください」。

 

 しかし、弟子たちの願ったのは問題から逃れることではなく、問題に立ち向かうことでした。 弟子たちは、聖霊に満たされ復活のイエスさまのことを語りました。それが33節です。「使徒たちは主イエスの復活について、非常に力強くあかしをした」のです。

 

 イエス・キリストの復活を証明する2つの方法があります。一つは学問的方法です。今一つはクリスチャンの体験です。キリストを信じる者の生まれ変わりの経験は、イエスさまが生きておられることを証明するのです。

 

 紀元5世紀に聖アウグスチヌスと呼ばれ方がいました。彼は若い時、非常に不道徳な生活をしていました。彼はすぐれた知識人でしたが知識は彼を不道徳な生活から救うことはできませんでした。ある時、ミラノのアムブロシウスの説教を聞き、聖書を読むようになりました。

 

 ある日、彼がローマの友人の庭の亭で、物思いにふけっていると〈取りて読め、取りて読め〉という声が聞こえました。ふと見ると一冊の新約聖書がありました。何気なく開いて見るとローマ人への手紙13章11節から14節が目に入りました。そしてアウグスチヌスは一変したのです。数日の後、彼は町を歩いていて、特殊な関係にあった女性に会いました。

 

 彼は〈アウグスチヌス、アウグスチヌス〉と呼ぶ声に見向きもせず、そこを立ち去って行こうとしまし。彼女は、アウグスチヌスを引き止めて〈わたしですよ〉と言いました。アウグスチヌスは答えました。〈あなたはあなたでも、わたしはわたしではありません〉。その意味は、〈罪のアウグスチヌスはすでに死んで、もはやこの世にはいない〉と言うことです。

 

 彼は生まれ変わったのです。なぜならイエス・キリストは復活されて生きておられるからです。このようにキリストによって、はっきり生まれ変わったならば、その人は、キリストの復活の証人なのです。

 

 私たちクリスチャンに大切なことは聖霊に満たされ、上からの力をいただくことです。そして、“自分自身の悔い改めと聖め”、“神に信頼して委ねること”、“自分に死に、神に生きていただいて、身をもって証し人となる”ことです。

 

 第三 主にあって繋がりを持つという恵み

 

 聖霊の降臨によって誕生した教会は、力強いしるしを伴いながら、権力者の厳しい弾圧にも関わらず、大胆に神のことばを語り続け、力強く進展して行きました。そのような状況の中で、教会は主にあって繋がりを持つという恵みに生かされていました。

 

 それが32〜33節です。「信じた者の群れは、心を一つにし思いを一つにして、だれひとりその持ち物を自分のものだと主張する者がなく、いっさいの物を共有していた。使徒たちは主イエスの復活について、非常に力強くあかしをした。そして大きなめぐみが、彼ら一同に注がれた」。

 

 男性と女性は同じではありません。お互いに生まれも違います。育ちも違います。貧富の差も、教養の違いもあります。しかし、彼らは、「心を一つにし、思いを一つに」しました。彼らは、自分たちは一つであるという自覚を持っていたのです。これは恵みです。

 

 その表れとして、「いっさいの物を共有していた」とあります。その具体的なことが34〜35節に記されています。これは規則化されて義務付けられたものであるとか、個人の所有をいっさい認めないとかいった、いわゆる共産主義的な考えとは全く違います。

 そのようにさせた霊的、信仰的、理由があるのです。

 

① 霊の一致の結果です。

 「信じた者の群れ」すなわち教会は、「心と思いを一つにして」いたということです。教会にとって持ち物を一つにすることが最重要なことではないのです。「共有」の生活は「心の思い」から生まれたのです。「共有」していたとは持ち物というよりも主から受けたすべての祝福、恵みを共有していたのです。このような内的で霊的一体感が、教会は「信じた者」たちの一つの「群れ」であることを彼らに意識させ、具体的な生活の面においても「すべてを共有」するようになったのです。

 

② いっさいの所有権は主にあります。

 「だれひとりその持ち物を自分のものだと主張する者がなく」(32)とありますが、私たちが救われて神との交わりを回復されたということは、いっさいの物を神と共有する者とされたということです。人の一生というものは、ある特定の期間、神から委託されたものです。ですから人間は神さまから託された人生の管理者なのです。いのち、時間、タレント(才能)、持ち物、収入、管理してやがて主にご報告する時が来るのです。そしてそれぞれに報酬があるのです。

 

③ 宣教の原動力としての交わりの生活です。

 ジョン・ウェスレーが〈隠遁クリスチャン、隠者クリスチャンと言うものはない〉と言っています。人は孤立して存在することはできません。この時、教会にはすばらしい霊の一致が見られ、また、徹底した献身とお互いの生活への配慮があり、理想的な愛の交わりがありました。このような教会の背景があったからこそ「主イエスの復活について、非常に力強くあかし」出来たのです。

 

 ここに「非常に力強く」と強調されているのはそのためです。一致も、献身も、生活への配慮も、それがどんなに美しくても、それ自身が目的ではありません。すべてを宣教に結びつけていくとろろに教会のあるべき姿があります。

 

 私たちの教会もこのような初代教会の姿に倣い、祈り、聖霊に満たされ、暗黒の中で神を認め、復活のキリストを証しし、キリストの恵みによって持ち物というよりも主から受けたすべての祝福、恵みを共有して、内的で霊的一体感がある、一つであるという自覚に生きる群れをめざしましょう。