『インマヌエルによる救い』イザヤ七・10~14

 毎年クリスマスを迎えるごとに、必ずと言ってよい程に読まれたり、あるいは触れられたり、解き明かされたりする聖書の箇所がイザヤ書七章14節です。

 この箇所は、旧約聖書の中のメシヤ預言として最も有名なものの一つだからです。

 14節は、イエスがベツレヘムでお生まれになられる約七五〇年前に、①どのようにして神であられたお方がこの地上に来られるようになるのか、②どのような名前をつけられ、③それは何を意味するかを預言したみことばです。

 当時、アハズ王に約束されたおことばが七五〇年後に成就しました。それで、マタイはベツレヘムでお生まれになったイエスが14節の成就であると言いました(マタイ一・22~23)。

 また、その事実に基づいて、私たちは毎週礼拝の時に、使徒信条の中で、「主は聖霊によりてやどり、おとめマリヤより生れ」と信仰告白するのです。


第一 救い主イエス・キリスト

 

 イザヤ書九章6節にはイエスの誕生の預言があります。これらの名は神性を意味します。またガラテヤ人への手紙四章4節とマタイによる福音書一章22節、23節を合わせると、イエスは完全な人であり、完全な神であって、両性をお持ちになったご存在であるということです。この罪なきお方、罪なきご生涯をお送りなったお方が、十字架上で私たちの罪のために身代わりの死を遂げてくださったのです。そして、三日目によみがえられ、救い主であることを確証されたのです。 

  それゆえ、義とされ、神と和解し、聖なる神と罪深い人間が一緒にいる道が開けたのです。

 

第二 臨在の主による恵み

 

 聖書全体のメッセージは「恐れるな。愛している。私は共にいる」です。インマヌエルとは「神わっれらと共にいます」の意味です。教団が創立以来導かれて来たみことばは「わたし自身が一緒に行く」(出エジプト三三・14)です。

 これ以上の恩寵、贈り物、知識はないのです。「わたしが一緒に行く」という経験、知識は救いによる恵みであり、信仰の土台です。変わることなく、さようならをされることのない、生きておられる主イエスがいつでもどこにでも一緒にいてくださることほど幸いなことはないのです。