『罪を赦すものイエス』マタイ9章1~8節

イエスはヨハネからバプテスマを受け、荒野で40日の断食をされ、サタンの誘惑をお受けになった直後から「神の国は近づいた」と伝道を始められたのです。そのイエスのところへ病人が病気を治してもらうためにやって来ました。イエスはかわいそうに思いいやされました。そのため、イエスは病気を治してくれるメシヤ、病気の治し屋のような印象をもたれました。

 

しかし、イエスがこの世においでになったのは「神の国の福音」を伝えるためでした(マルコ13638)福音とは罪の許しです。そこで、イエスは中風の者のいやしを通して、福音とは何かということを現されました。 


1 キリストのよる罪の赦し

イエスがカナペウムにお帰りになりますと、噂を聞いて大勢の人が詰めかけました。そこへ4人の人が床に中風の人を乗せてイエスにいやしていただくためにやって来ました。しかし、近づくことができないため、屋根をはがして穴をあけ、つりおろしていやしてくださるようにお願いしたのです。

すると、イエスは「彼らの信仰を見て」(2)「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪は赦されたのだ」と言われたのです。なぜ病気をいやしてほしいと願っている人に「しっかりしなさい」と言えたのでしょうか。それは、罪が赦されたからです。

イエスは健康であることよりも、罪を赦され、永遠の命を得ることこそ、他の何ものにも換えがたい最高に価値ある生き方であることをお示しになったのです。


2 罪の赦しの祝福の及ぶところ

イエスが中風の人に「……。あなたの罪は赦されたのだ」と命じられると、律法学者は心の中で批判します(3)。なぜなら、罪を赦すことができるのは、神以外にありえない、人にはそのような権威は与えられていなかったからです。

律法学者は罪の赦しは目に見えないのでイエスでも言うことができる。イエスはできないことをできるように見せかけ、メシヤであると公言する山師、詐欺師であると批判したのです。

そこでイエスは目に見えない罪の赦し方が実は難しいのですが―、中風の人をいやし、目に見えない罪の赦しを確証され、自分が正真正銘のメシヤであることをお示しになったのです。