『主が共に』―臨在の主 マタイ20章16~20節

信仰が与えられて素晴らしいと思おうことは、主が共にいてくださることを自覚できることではないでしょうか。

 

1 臨在の確かな約束

マタイ20章 20節

復活されたイエス様はガリラヤの山で、弟子たちに使命をお与えになりました。その使命とは、すべての人を主の弟子とすることでした。伝道とは、人々を主の弟子とすることでした。たしかに、伝道は決して楽ではありません。しかし、どんなに困難であっても、イエス様は伝道の使命を果たそうとする人と共にいてくださり、道を開いてくださいます。「見よ、私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいるのである」(20)。この約束に硬くたって、伝道しましょう。


2 臨在に先立つひとつの経験

イザヤ57章 15節

神様はへりくだる者と共にいてくださいます。これは預言者イザヤが経験したことでもありました。(イザヤ書六章を参照)。彼は神様のきよさに触れたとき、自分の罪深さに恐れおののき、砕かれました。しかし、神様はそのようなイザヤを許し、きよめてご自分のメッセージを伝える器としてお立てになったのです。イエスさまの十字架とご聖霊なしでは生きることが出来ないと自覚するときこそ、

あなたが恵みの経験をするときです。砕かれることは痛みを伴いますが、それが恵みの経験への道なのです。そのとき、主はあなたのうちにお住まいくださいます。


3 臨在の伴う結果

使徒11章 19~21節

この箇所にはキプロスやクレネ出身のキリスト者たちによって本格的な異邦人伝道が始められた出来事が記されています。これはキリスト教の宣教の歴史の上で画期的なことでした。イエスさまの福音はそれまではほとんどユダヤ人に限定されていましたが、それ以後すべての人に開かれていったのです。「主のみ手が彼らと共にあったため、信じて主に帰依する物の数が多かった」(21

イエス様は十字架を仰ぎ、聖霊によって清められ、生かされた人と共に働いてくださり、みわざを進めてくださいます。さあ、あなたも主と共に行き、主を証ししていきましょう。